「親としての大切な責任」

コロナで外出が減り、しかも退職して出社することもなくなった今、近所に住む3人の孫娘と過ごす時間が増えました。
母親である次女がピアノと英語の教室をやっていて、その間、わが家が保育園状態になります。
次女はすぐ上の兄とは9歳離れて生まれたので、私たちも少しは余裕のある子育てでした。
それに、私も何年か自宅で仕事をしていた関係上、次女の成長には直接関わる機会が多かったと思います。
今、同じことを次女の娘たちとの間で体験できるのは大きな幸せです。
まだ小さかった次女と一緒に自転車で行ったサイクリングロード沿いの公園に、今は孫娘たちと出かけています。

そんな私にとって忘れられない経験があります。
まだ次女が生まれていない時のことです。
私たち夫婦は毎日を4人の子育てに追われていました。
私は通勤1時間半の都心で働き、妻は地元で看護師として夜勤の仕事をして家計を助けていました。
夜勤の時は私が定時で帰宅します。と言っても家に着くのは7時を過ぎます。

職場で中堅クラスとして多くを期待されていた私は、週に2度も定時で帰宅しなければならないことに罪悪感を覚えていて、どこかで埋め合わせをしなければならないとあせっていました。
一つの方法は、帰宅したら子どもたちをできるだけ早く寝かせて、その後で仕事をするというものです。
帰る電車の中ではそのことしか頭にありませんでした。
ところが、帰宅するとご飯も風呂も終わっていないし、翌日の準備もできていない。怒り心頭ですね。

そして、鬼と化した私の勢いに何とかみんな床に就いて静かになり、「さあ、これで仕事に取り掛かれる」と思った瞬間、我に返るんです。
「ああ、自分はいったい何をしているのだろう」。

子どもの声のしなくなった部屋には、今まで聞こえなかった外を流れる川の瀬音が聞こえてきて、思わず涙がこぼれてきました。
「わずか15分だけでも絵本を読んであげたり一緒にゲームをしたりできたら、子供たちも大満足で一日を終えられたのに」。
寝床に行くと、もうみんな寝息を立てています。
まだ幼い末の息子の目尻には涙が伝っていました。
「なんてダメな父親なのだろう」。
そう思いました。

気を取り直して片付けのために風呂場に行きました。
そして、ふとバスマットを見ると、小さな足跡がくっきりと残っていたのです。
泣きながら寝た末の息子の足跡でした。
声を上げて泣きました。
無性に悲しかったです。
決意をしたのはその時です。
父親として子どもたち一人一人の成長のためにできることは何でもしようと。

この出来事から40年近くの歳月が流れて、当時の子どもたちはそれぞれ親としての生活を送っています。
心から願うのは、私のこの経験を学びにして、彼らにとって最も大切な存在である子どもたち一人ひとりを大切にしてもらうことです。
なぜなら、それができるのは親である彼らだけなのですから。

 

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