富山慶一さん「精神医療と私の14年間」

M=自らを意思で、自分自身を C=ケアすると言う A=当たり前の陰にある危険

一人の誠実な青年が、薬の呪縛を振りほどきながら社会復帰を。

医療従事者の多くは生命を守り病と闘うと言う使命感を持って仕事をしているはずですが、縁に恵まれなかったり関わり方を間違えると大切な時間や、チャンスや、人間関係を無くしてしまうことも。

富山慶一さん、多摩オルタナティブ協会代表。

精神科医療と向精神薬の負のスパイラルに巻き込まれ14年の歳月を棒に振った経験を元に、当事者に寄り添い励まし続ける若きリーダー。
今でも強い後遺症(頬の下を虫が這いまわるような強い痛み)に悩まされながらの活動を。

誇張も飾りも無い、当事者の生の声。

文中に「自らの意思で選択」と有ります。
身を守り、治し、改善する、そのための主体は自分で有ることを教えられます。

日本臨床栄養協会認定サプリメントアドバイザー
三吉健心
チームMCAは
M=マンジャーレ(食べて) C=カンターレ(歌って、楽しんで) A=アモーレ(愛し合い、支え合う)
皆で、美味しく食べて、楽しんで、支え合って良くなろうって言う仲間の集まりです。

以下本文です

ついに今月末、デイケアを卒業することになりました。

精神医療と私の14年間。思春期に発症した強迫症状を消すことを主たる目的に、人生の大半を精神医療につぎ込んだものの、薬剤性の鬱症状や不眠などの副作用に苦しみながら“必要以上の転職”や“良い医師探し”を繰り返し、挙げ句の果てには向精神薬の離脱症状で3ヶ月半の入院をするという事態に。

退院直前に、自らの意志で選択した地元のクリニックに通うことを決意し、減断薬に全面的に協力してくれる精神科医に出会い、当該クリニック併設のデイケアに通いながら、医師の指示の下、約1年半掛けて向精神薬の減断薬に再度挑戦することにいたしました。

その結果、昨年10月末にパキシル、今年2月末にメイラックスの完全断薬に成功し、昨年12月より酒類販売店職員、今年4月より公立学校職員、6月より学童クラブ職員として実社会に復帰することができました。
1つの職場に従事せず、複数の職場に選択的に関わることができている点がオルタナティブだな、と思っています。

とは言え、向精神薬による重篤な後遺症を残しているので、回復度合いはまだまだ30%程度ですが、こんなボロボロの身体でも何とか仕事ができております。

ちなみに、言うまでもありませんが、私の場合、向精神薬を減断薬すること自体が目的ではありませんでした。私の住む(引っ越し先の新たな)地域で社会奉仕活動をしていくために、向精神薬の服用は私の回復の妨げになっていたのです。

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